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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5505号 判決

原告 並木伝三

被告 宇田川志げ

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

原告が昭和二八年当時訴外三宅定次郎に対し本件家屋を家賃月一〇〇〇円、毎月二八日払の約定で賃貸していたことは当事者間に争がない。原告は右家賃は昭和二九年一月からは月一五〇〇円に値上げされたものであると主張し、原告本人はこれに副う陳述をしているが、右陳述は証人座間祐助及び被告本人の供述に対比してにわかに措信し難く、かえつて右の供述によれば、原告からは家賃を一五〇〇円に値上げしたい旨の申入れがあつたが、訴外三宅は本件家屋がひどく破損していたので、原告の方でこれを修理してくれなければ値上げに応じ難いとして原告の申入れを拒んだことが認められるので、結局、家賃は月一〇〇〇円に据置かれることになつた事実を認めることができる。他にこの認定を左右するに足る証拠はない。したがつて、家賃の値上げを前提とする原告の解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

訴外三宅定次郎が昭和三〇年七月二七日死亡したことは当事者間に争のないところであるが、被告が昭和一五年三月頃から右定次郎の内縁の妻として同人と共に引き続き本件家屋に居住していた者であることは証人今井いと及び被告本人の供述によつてこれを認めることができる。内縁の妻に対して相続権のないことを理由として賃借権の非承継を主張してその居宅の明渡を請求することは、内縁関係が婚姻に準ずる関係にある事実に鑑み、特別の事情のない限り、いわゆる権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。のみならず、証人座間祐助と被告人の供述及びこれらの供述によつてその成立を認め得る乙第四号証、原被告各本人の陳述によつてその成立を認め得る乙第三号証、並びに当裁判所が真正に成立したものと認める乙第八、第一一号証中の官署作成部分を綜合すれば、右定次郎死亡後の昭和三〇年九月中旬頃、原告の病気入院中に原告の妻及びその弟と被告の間に家賃を家屋を修理するまでは一月一、〇〇〇円としてひき続き賃貸する旨の契約が成立し原告側において家賃を受領している事実を認めることができる。証人並木千能及び原告本人の供述のうちこの認定にふれる部分は採用しない。原告の妻及びその弟に原告を代理する権限があつたとすれば原被告間に有効な借家契約が成立したことになるし、同人等に代理権限がないとしても右の事実は被告が訴外三宅定次郎の内縁の妻たる事実と相待つて原告の本訴請求を失当たらしめる事情として十分に考慮さるべきものといわなければならない。

右のとおりであるから、被告の不法占拠を前提とする原告の請求は理由がないのでこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

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